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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7770号 判決 1987年3月19日

原告

望月利通

被告

古片克昌

ほか三名

主文

一  被告古片克昌、同塚田節、同塚田紘三は、各自、原告に対し、九〇万円及びこれに対する被告古片克昌は昭和五九年七月二六日から、被告塚田節は昭和六〇年七月二八日から、被告塚田紘三は同月三一日から、支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の右被告三名に対するその余の請求及び被告大東京火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告古片克昌、同塚田節、同塚田紘三との間に生じたものはこれを五分とし、その一を右被告三名の、その余を原告の各負担とし、原告と被告大東京火災海上保険株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告古片克昌(以下「被告古片」という。)、同塚田節(以下「被告節」という。)、同塚田紘三(以下「被告紘三」という。)は、各自、原告に対し、四八六万円及びうち三五万円に対する昭和五六年八月一三日から、うち七五万円に対する昭和五八年五月三一日から、うち三四〇万円に対する同年七月八日から、支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、一二〇万円及びこれに対する昭和五八年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一月三一日午後四時四五分ころ

(二) 場所 東京都板橋区南町三〇番二号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車両 普通貨物自動車(大宮四四と七〇二四)

右運転者 被告古片

(四) 被害者 訴外湖東哲郎(以下「湖東」という。)

(五) 事故態様 被告古片は、加害車両を運転して、本件事故現場の道路を大山方面に向かつて進行中、前方左側の路側帯付近を同一方向に進行中の訴外望月伸祐(以下「伸祐」という。)運転の足踏式自転車(以下「伸祐車」という。)の右側方を通過した際、折から、左前方を歩行中の湖東との衝突回避のためブレーキをかけて右転把するという不安定な状態にあつた伸祐の右肩付近に、加害車両を接触させ、これにより、伸祐を湖東に後方から衝突させた。

(六) 結果 湖東は左前頭葉脳挫傷の傷害を負い、伸祐は加害車両に伸祐車を巻き込まれたが幸い負傷はなかつた。

(右事故を、以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一) 被告古片

被告古片は、前方左側の路側帯付近を当時一二歳の伸祐が伸祐車を運転して同一方向に進行中であるのを認め、かつ、その左前方路側帯の左寄りを当時七三歳の老人である湖東が歩行しており、さらに対向車両が接近しているのを認めたのであるから、伸祐車の右側方を追い抜いて進行するに当たつては、自転車運転者である伸祐がややもすると動揺して運転を誤り、あるいは路上に転倒することも十分予見しうるのであるから、対向車両の関係で右転把が無理であれば、警音器を吹鳴のうえ、直ちに減速し、対向車両が通過したのち、右転把して伸祐車を追い抜き、もつて自転車の近接追い抜きにより発生する自転車の転倒事故を未然に防止すべき注意義務があつたのに、右注意義務を怠り、伸祐車に接触することなく右側方を通過できるものと軽信し、漫然と左に転把して、むしろ伸祐車に接近して進行した過失により、折から、湖東を認めて減速歩行中であり、かつ同人との衝突回避のためブレーキをかけて右転把するという不安定な状態にあつた伸祐の右肩付近に、加害車両の車体を接触させ、これにより伸祐を湖東にその後方から衝突させるという本件事故を発生させたものであるから、被告古片は、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任がある。

(二) 被告節は、被告古片の使用者であり、本件事故は、被告古片が被告節の業務のため運転中に惹起したものであるから、加害車両を自己のため運行の用に供していた者というべきであつて、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(三) 被告紘三は、加害車両を所有し、これを被告節に貸与していたものであつて、加害車両を自己のため運行の用に供していた者であるから、自賠法第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(四) 被告会社は、被告紘三との間で、加害車両につき、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していたものであるから、自賠法第一六条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

原告は、後記和解前及び昭和五八年七月八日の三四〇万円の支払ののちに被告会社に一二〇万円の請求をしたが、被告会社は支払に応じなかつた。

3  湖東の傷害、後遺障害及び損害

(一) 傷害及び後遺障害

湖東は、前記傷害により、三一日間入院したほか、三年間通院して治療を受けたが昭和五五年九月三日症状固定の診断を受け、右側不全麻痺、嗅覚脱失及び精神障害(性格変化)の後遺障害が残つた。右後遺障害は、自賠法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第三級三号又は第五級二号に該当する。

(二) 損害

(1) 付添看護費 九万三〇〇〇円

湖東は、右三一日間の入院中、付添を受け、これに一日当たり三〇〇円を要した。

(2) 入院雑費 二万三一〇〇円

湖東は、入院雑費として、一日七〇〇円の三三日分である二万三一〇〇円を支出した。

(3) 休業損害 二万〇七〇〇円

湖東は、前記入院期間中の土曜、日曜、祭日の九日間、アルバイト区職員の収入一日当たり二三〇〇円の合計二万〇七〇〇円の休業損害を被つた。

(4) 傷害慰藉料 八八万円

湖東の前記傷害による慰藉料としては、右金額が相当である。

(5) 逸失利益 九五万円

湖東は、本件事故当時七三歳であり、前記後遺障害により、労働能力を症状固定日から五年間、一〇〇パーセントの割合で喪失したから、前記アルバイト区職員の収入一日当たり二三〇〇円を基礎に月八日稼働するものとして年収を二二万円とし、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は九五万二四六八円となる。したがつて、控え目に算出しても逸失利益は九五万円となる。

(6) 後遺障害慰藉料 四一三万円

湖東の前記後遺障害の内容、程度等を総合すれば、右後遺障害による慰藉料としては、右金額が相当である。

4  原告の損害

(一) 原告は、本件事故の約一年後に、湖東から、責任無能力者である伸祐に対する監督責任を問われて、東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第六〇四号損害賠償請求事件を提起され、同年七月一三日、右当事者間において、原告が湖東に対し、四七〇万円を分割で支払う旨を骨子とする訴訟上の和解が成立した。

(二) 右和解に基づき、原告は、湖東に対し、昭和五六年八月一三日に三五万円、その後昭和五八年五月三一日までに合計七五万円、同年七月八日に三四〇万円の合計四五〇万円を支払つた。

(三) 右四五〇万円は、被告古片の不法行為の結果、原告が支払を余儀なくされたものであるから、被告古片の不法行為により原告が被つた損害に当たる。

また、仮に、本件事故につき原告にも責任があるとしても、本件事故は、被告古片との共同不法行為に当たるから、原告は、右四五〇万円の支払により、同額の求償権を取得した。

(四) 弁護士費用 三六万円

原告は、被告から損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その弁護士費用として三六万円の損害を被つた。

5  よつて、原告は、被告古片、同節、同紘三各自に対し、四八六万円及びうち三五万円に対する昭和五六年八月一三日から、うち七五万円に対する昭和五八年五月三一日から、うち三四〇万円に対する同年七月八日から、支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、自賠責保険金傷害分一二〇万円及びこれに対する昭和五八年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告古片)

1 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)及び(六)の事実は認め、(五)のうち、被告古片が、加害車両を運転して本件事故現場の道路を大山方面に向かつて進行中、伸祐運転の伸祐車が、前方左側の路側帯付近を同一方向に進行中であつたことは認め、加害車両が伸祐の右肩付近に接触したことは否認し、その余は不知。

2 同2(責任原因)の(一)の事実中、被告古片は、前方左側の路側帯付近を当時一二歳の伸祐が伸祐車を運転して同一方向に進行中であるのを認め、かつ、その左前方路側帯の左寄りを当時七三歳の老人である湖東が歩行しており、さらに対向車両が接近しているのを認めたことは認め、伸祐が折から、湖東を認めて減速走行中であり、かつ同人との衝突回避のためブレーキをかけて右転把するという不安定な状態にあつたこと、伸祐が湖東にその後方から衝突したことは不知、その余は否認し、責任は争う。

3 同3(湖東の傷害、後遺障害及び損害)の事実は不知。

4(一) 同4(原告の損害)の(一)の事実中、原告が湖東からその主張の訴訟を提起されたことは認めるが、その余は不知。

(二) 同(二)及び(三)の事実は不知。

(三) 同(四)の弁護士費用の損害は争う。

5 同5(結論)の主張は争う。

(被告節、被告紘三)

1 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(三)の事実は認め、その余は不知。

2(一) 同2(責任原因)の(一)の事実は不知、責任は争う。

(二) 同(二)の事実中、被告節が被告古片の使用者であつたことは認めるが、その余は争う。

(三) 同(三)の事実中、被告紘三が加害車両の所有者であることは認めるが、その余は争う。

3 同3(湖東の傷害、後遺障害及び損害)の事実は不知。

4(一) 同4(原告の損害)の(一)の事実中、原告が湖東からその主張の訴訟を提起されたことは認めるが、その余は不知。

(二) 同(二)及び(三)の事実は不知。

(三) 同(四)の弁護士費用の損害は争う。

5 同5(結論)の主張は争う。

(被告会社)

1 請求原因1(事故の発生)の事実は不知。

2(一) 同2(責任原因)の(一)ないし(三)の事実は不知。

(二) 同(四)のうち、被告会社が、被告紘三との間で、加害車両につき、本件保険契約を締結していたことは認めるが、原告から被告会社に支払請求がなされたことは否認し、被告会社の責任は争う。

3 同3(湖東の傷害、後遺障害及び損害)の事実は不知。

4 同4(原告の損害)の事実は不知。

5 同5(結論)の主張は争う。

三  抗弁及び被告らの主張

1(被告ら)

本件事故は、専ら、伸祐の過失によつて発生したものであり、被告古片には過失はなかつたから、被告らには責任はない。

すなわち、伸祐車は、タイヤの大きさが二六インチのドロツプハンドル式の自転車であつて、当時小学生で身長一五二センチメートルの伸祐にとつて大き過ぎ、操作が不安定であつたのみならず、本件事故当時、伸祐は、仲間八名とともに、自転車で競争をし、伸祐が先頭で走行していたものであつて、伸祐車の速度は時速約二〇ないし二五キロメートルであつた。そして、伸祐は、約二〇メートル手前で一旦湖東を発見したのち、約一メートル手前で二度目に同人を発見するまでの間前方を注視していなかつたため、約一メートル手前で湖東を発見したものの衝突を回避できなかつたものである。

このように、伸祐と湖東との衝突は、伸祐の過失によつて発生したものであり、加害車両と伸祐が接触したことはないし、加害車両の走行と本件事故とは全く関係がない。

一方、被告古片は、本件事故現場に至り、道路左前方の自転車や歩行者との接触を回避するため、ギヤを入れ換えて減速する一方、ハンドルを右に切つてセンターラインを越え、伸祐車とは約一メートルの間隔を置いてこれを追い越したものであり、被告古片には、注意義務違反はない。

2(被告会社)

原告の被告会社に対する請求権は、本件事故発生日あるいは原告が支払をなした日から二年の経過により、既に時効で消滅しているので、被告会社は、右時効を援用する。

四  抗弁及び被告らの主張に対する認否

抗弁及び被告らの主張1及び2の主張はいずれも争う。

本件事故は、加害車両が伸祐に接触したために発生したものであり、仮に接触していないとしても、加害車両が伸祐に接近していたため、伸祐は湖東との衝突を回避することができなかつたものであるから、被告古片が加害車両を漫然と伸祐車に接近させて走行させた過失と本件事故の発生との間には因果関係があるものである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(四)及び(六)の事実並びに(五)のうち、被告古片が、加害車両を運転して本件事故現場の道路を大山方面に向かつて進行中、伸祐運転の伸祐車が、前方左側の路側帯付近を同一方向に進行中であつたことは原告と被告古片との間において争いがなく、同(一)ないし(三)の事実は原告と被告節、同紘三との間において争いがない。

また、同2(責任原因)の(一)の事実中、被告古片は、前方左側の路側帯付近を当時一二歳の伸祐が伸祐車を運転して同一方向に進行中であるのを認め、かつ、その左前方路側帯の左寄りを当時七三歳の老人である湖東が歩行しており、さらに対向車両が接近しているのを認めたことは原告と被告古片との間において争いがなく、同(二)の事実中、被告節が被告古片の使用者であつたこと及び同(三)の事実中、被告紘三が加害車両の所有者であることは原告と被告節、同紘三との間において争いがなく、同(四)のうち、被告会社が、被告紘三との間で、加害車両につき、本件保険契約を締結していたことは原告と被告会社との間で争いがない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  成立に争いのない甲第一、第二号証、第七、第八号証、第九号証の一、二、第一〇、第一一号証、証人湖東善明の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、証人湖東善明、同望月伸祐の各証言、原告本人尋問の結果によれば、

(一)  本件事故現場は、東京都板橋区南町三〇番二号先路上であり、山手通り方面(東南)から大山西町方面(北西)に通じる全幅員約八・一〇メートルの道路で、中央線によつて二車線に区分されており、道路の両側に白線で区分された路側帯が設けられており、南西側路側帯は幅員約一・二メートル、北東側路側帯は幅員約一・一メートルであり、道路の両側には商店が立ち並んでいて、最高速度が毎時三〇キロメートルに規制されていること、

(二)  被告古片は、昭和五五年一月三一日午後四時四五分ころ、加害車両を運転して、本件事故現場の道路を山手通り方面から大山西町方面に向かつて時速約三〇ないし三五キロメートルで進行し、前方左側の路側帯付近を伸祐が自転車である伸祐車を運転して同一方向に進行中であり、その左前方路側帯の左寄りを湖東が歩行しており、さらに対向車両が接近しているのを認めたため、伸祐車の右側方を追い抜いて進行するに当たり、ギヤを入れ換えて若干減速したうえ、ハンドルを右に切りながら進行したが、折から、伸祐が、道路左側の路側帯から車道側に出てきた湖東を認めて右転把し、車道側に進出してきたため、加害車両の左後輪部分に伸祐車の前輪を巻き込み、伸祐の右肩に加害車両の荷台を接触させ、これにより伸祐を湖東に衝突させたこと、

(三)  伸祐は、伸祐車を運転し、友人ら八名で自転車による競走をしながら本件事故現場の道路を山手通り方面から大山西町方面に向かつて時速約二〇ないし二五キロメートルで進行し、伸祐が先頭で道路左側の路側帯の右側付近を進行して、本件事故現場の手前約二〇メートルに至つた際、道路左側の路側帯を歩行中の湖東を認めたが、同人が右側に出てくることはないものと軽信して進行したところ、折から、駐車中の自転車を避けるため車道部分に進出してきた湖東をその約一メートル手前で発見し、ブレーキをかけながら右転把したものの、折から、伸祐車をその右側から追い抜こうとしていた加害車両の左後輪部分に伸祐車の前輪が巻き込まれ、伸祐の右肩に加害車両の荷台が接触したため、転倒して、湖東の身体に衝突し、次いで、加害車両に引きずられた伸祐車の上に仰向けになつた状態で引きずられたこと、

(四)  伸祐車はタイヤの大きさが二六インチでドロツプハンドル式の自転車であり、本件事故当時小学生で身長が約一五二センチメートルであつた伸祐にとつて、やや大き過ぎるものであつたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる確実な証拠はない。

2  右認定の事実によれば、伸祐には、友人らと自転車で競走をしながら時速約二〇ないし二五キロメートルで進行し、一旦道路左側の路側帯を歩行中の湖東を認めたにもかかわらず、同人が右側に出てくることはないものと軽信して同人の動静に留意することなく進行を続け、折から、駐車中の自転車を避けるため車道部分に進出してきた湖東をその約一メートル手前で発見し、ブレーキをかけながら右転把して、道路中央側に進出した過失があるものというべきであり、本件事故は、伸祐の右過失を主たる原因として発生したものというべきであるが、他方、被告古片にも、前方左側の路側帯付近を伸祐が伸祐車を運転して自転車としては相当な高速度で同一方向に進行中であるのを認め、かつ、その左前方路側帯の左寄りを湖東が歩行しているのを認めたのであるから、自転車運転者である伸祐が歩行者回避のため、道路中央方向に進出してくることも予測可能であつて、伸祐車の右側方を追い抜いて進行するに当たつては、警音器を吹鳴して伸祐に注意を喚起し、あるいは、十分減速のうえ、道路左側の路側帯の状態に留意して、伸祐車が道路中央側に進出してくる原因となるような歩行者や駐車車両等がない状態となるまで待つてから追い抜きをすべき注意義務があるのに、右注意義務を怠り、若干減速し、右転把しながら進行したものの、警音器も吹鳴せず、また、湖東が路側帯上に駐車中の自転車を回避するため道路中央側に進出し、これを回避するため伸祐車が道路中央側に進出してくるような状況下において伸祐車の右側を追い抜こうとした過失があるというべきである。

3  右によれば、伸祐の監督責任者としての原告と被告古片とは、本件事故について共同不法行為者として責任を負うべきところ、右事故の状況、過失の内容を勘案すると、被告古片には本件事故の発生について二割の過失があるものと認めるのが相当である。

4  そして、請求原因2の(二)の事実中、被告節が被告古片の使用者であつたことは原告と被告節、同紘三との間において争いがなく、右の事実に弁論の全趣旨を総合すれば、被告古片は、被告節の業務のため加害車両を運転中本件事故を惹起したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、他に特段の事情の認められない本件においては、被告節は加害車両を自己のため運行の用に供していた者である認めるのが相当である。

また、同(三)の事実中、被告紘三が加害車両の所有者であることは原告と被告節、同紘三との間において争いがなく、他に特段の事情の認められない本件においては、被告紘三は加害車両を自己のため運行の用に供していた者である認めるのが相当である。

さらに、同(四)のうち、被告会社が、被告紘三との間で、加害車両につき、本件保険契約を締結していたことは原告と被告会社との間で争いがない。

三  続いて、湖東の傷害、後遺障害及び損害について判断する。

1  傷害及び後遺障害

前掲乙第一号証、成立に争いのない甲第四ないし第六号証及び証人湖東善明の証言によれば、湖東は、明治三九年一二月七日生れの男子で、本件事故により、左前頭葉脳挫傷の傷害を負い、事故の翌日である昭和五五年二月一日から同年三月三日まで三二日間東京都立豊島病院に入院したほか、他の病院にも通院して治療を受けたが、同年九月三日、嗅覚脱失、性格の軽度変化の障害がある旨の診断を受けたこと、右性格変化は激怒し易いというもので、このため湖東の家族は著しい苦痛を被つていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、湖東の後遺障害は、少なくとも等級表第九級一〇号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するものと認めるのが相当である。

2  損害

(一)  付添看護費 九万三〇〇〇円

証人湖東善明の証言によれば、湖東は、右三二日間の入院中、親族の付添を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、原告の主張にかかる一日当たり三〇〇〇円の三一日分に当たる九万三〇〇〇円の付添看護費は、これを損害として認めることができる。

(二)  入院雑費 二万二四〇〇円

前示の治療経過によれば、湖東は、前示の三二日間の入院中、雑費として、一日当たり七〇〇円を支出したものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

(三)  休業損害 二万〇七〇〇円

証人湖東善明の証言によれば、湖東は、本件事故当時、土曜、日曜、祭日に板橋区の図書館の指導員として勤務し、アルバイト区職員としての収入一日当たり二三〇〇円を得ていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、これに前示の治療経過を勘案すると、湖東は、少なくとも九日間右勤務を休業したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、湖東は、休業損害として二万〇七〇〇円の損害を被つたものというべきである。

(四)  傷害慰藉料 六〇万円

前示の湖東の傷害の内容、程度、治療経過等を総合すれば、湖東の傷害による慰藉料としては、六〇万円をもつて相当と認める。

(五)  逸失利益 二四万八二一三円

証人湖東善明の証言によれば、湖東は、前示のとおり稼働して、少なくとも年額二〇万円の収入を得ていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、これに前示の湖東の年齢(本件事故当時満七三歳)、後遺障害の内容、程度を勘案すると、湖東は、前示の後遺障害により、労働能力を昭和五五年九月三日から四年間、三五パーセントの割合で喪失したものと認められるから、右収入を基礎とし、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり、二四万八二一三円となる。

20万×0.35×3.5459=24万8213円

(六)  後遺障害慰藉料 四〇〇万円

湖東の前示の後遺障害の内容、程度等を総合すれば、右後遺障害による慰藉料としては、四〇〇万円をもつて相当と認める。

(七)  以上の損害額は合計四九八万四三一三円となる。

四  進んで、原告の被告らに対する請求権について判断する。

1  前掲乙第一号証、成立に争いのない甲第一二ないし第一四号証及び証人湖東善明の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、

(一)  原告及び訴外望月チズ子は、湖東から、責任無能力者である伸祐に対する監督責任を問われて、東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第六〇四号損害賠償請求事件を提起され、同年七月一三日、右当事者間において、原告及び訴外望月チズ子が連帯して湖東に対し、四七〇万円を分割で支払う旨を骨子とする訴訟上の和解が成立したこと、

(二)  右和解に基づき、原告は、湖東に対し、昭和五六年八月一〇日に三五万円、その後昭和五八年五月二日までに合計七五万円、同年七月八日に三四〇万円の合計四五〇万円を支払つたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右の事実に前示の被告古片、同節、同紘三の責任関係によれば、右被告三名は、共同不法行為者間における求償債務として、右四五〇万円の二割に当たる九〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告古片については昭和五九年七月二六日から、被告節については昭和六〇年七月二八日から、被告紘三については同月三一日から、支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

なお、原告は、弁護士費用を損害として主張するが、本件においては、共同不法行為者間の求償請求権が認められるにすぎないから、弁護士費用はこれを損害として認めることはできない。

3  ここで、原告の被告会社に対する請求権について判断するに、前記認定の事実関係によれば、本来であれば、原告は、被告会社に対し、右九〇万円について、自賠責保険金限度額の範囲内において支払請求権があるものというべきであるが、右支払請求権は、原告が最後に湖東に支払をなした昭和五八年七月八日から二年の経過をもつて時効で消滅するものと解されるところ、右二年間に原告が被告会社に対し、請求その他時効中断の事由となるべき措置を講じたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の被告会社に対する請求権は、既に時効によつて消滅したものといわざるをえない。

五  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、共同不法行為における求償請求権として、被告古片、同節、同紘三各自に対し、九〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告古片については昭和五九年七月二六日から、被告節については昭和六〇年七月二八日から、被告紘三については同月三一日から、支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、右被告三名に対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

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